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仙台地方裁判所 平成9年(ワ)100号 判決 2000年11月14日

原告

右八名訴訟代理人弁護士

床井茂

高橋輝雄

鹿又喜治

被告

右代表者法務大臣

保岡興治

右指定代理人

翠川洋

高橋藤人

日下正次

長内邦男

阿部修

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告甲に対し、一六五〇万円及びこれに対する平成九年三月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告乙に対し、八〇万円及びこれに対する平成九年三月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告丙に対し、一六五〇万円及びこれに対する平成九年三月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告は、原告丁に対し、六六〇万円及びこれに対する平成九年三月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

五  被告は、原告戊に対し、一六五〇万円及びこれに対する平成九年三月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

六  被告は、原告己に対し、四〇万円及びこれに対する平成九年三月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

七  被告は、原告庚に対し、四〇万円及びこれに対する平成九年三月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

八  被告は、原告辛に対し、八〇万円及びこれに対する平成九年三月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告らが、仙台中税務署長等が原告らに対し所得税更正の処分をしたこと、仙台国税局長ないし被告が原告らに対し国税徴収法に基づき取立訴訟を提起したこと等は違法な公権力の行使に当たり、これにより、原告らは多大な精神的苦痛を受け、また、弁護士費用等を負担させられたと主張し、国家賠償法一条一項に基づき、被告に対し、慰謝料等の損害賠償及びこれに対する平成九年三月五日(本件訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めた事案である。

一  争いのない事実等(証拠等によって認定した事実は、その頃の末尾に証拠番号等を掲記した。)

1  原告戊を除く原告らと原告戊の夫である訴外亡壬(なお、昭和六〇年から昭和六三年当時のことについて「原告ら」という場合は、「原告戊を除く原告らと亡壬」のことをいうものとする。)は、昭和六一年一月当時、株式会社Aの株主であり、株式会社Aの株主は原告らだけであった。

原告らの各自の持株数は、以下のとおりであり、その下の金額は、後記の本件株式売買に基づく株式売却代金の配分額である。

原告 甲 一万五五〇〇株 一億二九一六万一五〇〇円

原告 乙 一二五〇株 一〇四一万六二五〇円

原告 丙 一万六四〇〇株 一億三六六六万一二〇〇円

原告 丁 一万株 八三三三万円

亡 壬 一万五四〇〇株 一億二八三二万八二〇〇円

原告 己 一〇〇株 八三万三三〇〇円

原告 庚 一〇〇株 八三万三三〇〇円

原告 辛 一二五〇株 一〇四一万六二五〇円

2  株式会社Aは、昭和六〇年一〇月当時、以下の不動産(以下「本件不動産」という。)を所有し、賃貸していた。

仙台市青葉区中央

宅地 二九八・八三平方メートル

仙台市青葉区中央

家屋番号

鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階付六階建店舗兼事務所

地下一階及び一階 各二四八・八五平方メートル

二ないし四階 各二四四・二二平方メートル

五階 五八・二五平方メートル

六階 三一・六二平方メートル

3  原告らは、昭和六〇年八月ころ、本件不動産を処分することにしたが、その方法として、株式会社Aの顧問税理士であった癸と相談の上、本件不動産を売却するよりも、原告ら所有の株式会社Aの株式(以下「本件株式」という。)を売却する方が簡易であり、税法上も有利であることから、昭和六〇年一〇月二二日、原告甲の自宅において、aとの間で、本件株式を五億円で売買するとの仮契約(以下「本件仮契約」という。)を締結し、同日、手付金二〇〇〇万円と額面一億円の小切手を受領した。

なお、原告らとaは、本件仮契約を締結する際、aにおいて、株式会社AのB信用金庫に対する約二億円の債務を返済し、右債務を担保するために本件不動産に設定されていた根抵当権を抹消することを合意した。

その後、原告らとaは、昭和六一年一月三一日、B信用金庫C支店の二階会議室において、本件株式を代金四億九九九八万円で売買する旨の契約を締結し(以下「本件株式売買」という。)、原告らは、同日、前記既払額一億二〇〇〇万円を控除した残金三億七九九八万円を受領した。右売買代金の原告らごとの配分額(以下、原告らが受領した金銭を「本件配分金」という。)は、前記1記載のとおりである。

以上のaとの取引において、原告側で実際に交渉に当たるなどしたのは、原告甲及びその知り合いのbであり、本件仮契約は、原告甲がその余の原告らを代理する形で締結された(甲一四ないし二六、三三の7・8、原告丙本人、弁論の全趣旨)。

4  aは、原告らとの取引の当初から、本件不動産を第三者に売却して利益を得ようと考えていたが、その事情を原告らに秘して、本件仮契約を締結した上、原告らに知られないように本件不動産の買受人を探し、本件株式売買と同じ日に、同じ場所で、本件不動産をD株式会社に八億円で売却した(以下「本件不動産売買」という。)。もっとも、本件不動産売買は、契約書上は、株式会社Aが本件不動産をE株式会社(なお、E株式会社の代表取締役は、aの妻cである。)に売却し、E株式会社がF株式会社の名義を借りてD株式会社に売却するという形がとられた(甲一四、一五、乙五の1ないし5、弁論の全趣旨)。

5  aは、昭和六〇年一〇月二二日、原告らに対し、前記のとおり、本件株式売買の手付金として一億二〇〇〇万円を支払い、また、昭和六一年一月三一日、その残金三億七九九八万円を支払っているが、右手付金については、aはF株式会社から一億二〇〇〇万円を借り入れてこれを支払い(なお、aとF株式会社との間では、F株式会社が、昭和六〇年一一月二〇日、D株式会社から本件不動産売買の手付金として一億二〇〇〇万円を受領したことによって、右借入金を返済したものとされた。)、また、残金三億七九九八万円については、昭和六一年一月三一日、D株式会社から受領した本件不動産の売却代金の残金六億八〇〇〇万円の中から、これを支払った。また、aは、同日、右売却代金の残金の中から、前記の株式会社AのB信用金庫に対する債務二億〇六〇〇万円を弁済し、本件不動産に設定されていた根抵当権設定登記を抹消する手続きをした(甲一四、一五、乙五の1、弁論の全趣旨)。

6  aは、昭和六一年度の株式会社Aの法人税の申告に当たり、aが取得した株式会社Aの株式の取得金額を売上原価として計上し、本件不動産売買の譲渡益を圧縮して申告した(弁論の全趣旨)。

7  仙台中税務署長は、昭和六二年秋ころから、本件不動産売買に関する株式会社Aの法人税についての税務調査を行い、昭和六二年一二月二四日、前記の株式会社Aの申告中、株式の取得金額を売上原価として計上した部分を否認し、株式会社Aに対し、昭和六一年一二月期の法人税につき、更正及び加算税の賦課決定処分(以下「本件法人税更正処分」という。)をした。

また、仙台中税務署長、仙台南税務署長及び豊島税務署長(以下「仙台中税務署長ら」という。)は、昭和六三年二月二四日、本件株式売買は、本件不動産の売却によって課せられる多額の法人税の負担を免れるため、原告らとaが通謀の上、原告らが本件株式をaに譲渡し、aが原告甲に代わって株式会社Aの代表取締役に就任するという形式を作り出したものであるから、通謀虚偽表示として無効であり、原告らが本件配分金を本件株式売買の代金として受領したことは、法律上の原因なく、株式会社Aの損失において、利得したものというべきであり、原告らが本件配分金を受領したことは不当利得となり、所得税法上の雑所得に該当するとして、原告らに対し、昭和六一年度の所得税につき、更正及び加算税の賦課決定処分(以下「本件各所得税更正処分」といい、本件法人税更正処分と本件各所得税更正処分をあわせて、「本件各更正処分」という。)をした。本件各更正処分の内容及びこれに対する不服申立ての経緯等は、別表一記載のとおりである。

8  仙台国税局長は、昭和六三年五月一八日、本件各所得税更正処分に基づき、原告ら所有の別紙物件目録記載の不動産(以下「原告らの不動産」という。)を差し押さえる手続をした(以下「本件各徴収処分」という。)。

ただし、原告辛は、更正処分にかかる課税額を支払ったため、差押を免れた。

また、仙台国税局長は、同日、本件法人税更正処分に関連し、株式会社Aが原告らに対して不当利得返還請求権(以下「本件債権」という。)を有するとして、本件債権を差し押さえる手続をした(以下「本件債権差押」という。)。

本件債権の内容は、後記<1>及び<2>記載のようなものであり、また、本件各徴収処分及び本件債権差押の内容及びこれに対する不服申立ての経緯等は、別表二記載のとおりである。

<1> 本件株式売買は、本件不動産の売却によって課される多額の法人税の負担を免れるため、原告らとaが通謀の上、原告らが本件株式をaに譲渡し、aが原告甲に代わって株式会社Aの代表取締役に就任するという形式を作り出したものであるから、通謀虚偽表示として無効であり、原告らが本件配分金を本件株式売却の代金として受領したことは、法律上の原因なく、株式会社Aの損失において、利得したものというべきである。したがって、株式会社Aは、原告らに対し、本件配分金相当額の不当利得返還請求権を有する。

<2> 仮に、本件株式売買が原告らとaとの通謀虚偽表示に当たらないとしても、aが、本件株式売買の代金として支払った四億九九九八万円は、いずれも本件不動産売買の際に、aがD株式会社から受領した小切手等で賄われているところ、右本件不動産の売買代金は、株式会社Aの資金に属するものである。そして、原告らは、aが株式会社Aの資金である右売買代金を本件株式売買の支払に流用したことを知り、又は、重大な過失によりこれを知らずに、本件配分金を受領したものであるから、右aの弁済は、有効な弁済であるということはできない。したがって、原告らが本件不動産の売買代金を本件配分金として受領したことは、法律上の原因なく、株式会社Aの損失において、利得したものというべきである。したがって、株式会社Aは、原告らに対し、本件配分金相当額の不当利得返還請求権を有する。

9  被告は、昭和六四年一月六日、当庁に対し、原告辛を除く原告らがそれぞれ所有する不動産の仮差押を申し立て(当庁昭和六四年(ヨ)第二号仮差押命令申立事件)、仮差押命令を得て、これを執行した(以下「本件仮差押」という。)。そして、被告は、平成元年三月七日、国税徴収法六七条一項に基づき、差押にかかる本件債権の取立てを求める訴訟(当庁平成元年(ワ)第一九七号不当利得金返請求事件、以下「本件取立訴訟」という。)を提起した。

本件取立訴訟については、平成四年一二月一六日、被告が主張した原告らとaが通謀して本件株式売買を締結することを仮装したとの事実、及び、原告らにおいて、aが株式会社Aの資金である本件不動産の売買代金を本件株式売買の支払に流用したことを知り、又は、重大な過失によりこれを知らずに、本件配分金を受領したとの事実は、いずれも認められないとして、被告の請求を棄却するとの第一審判決がなされた。被告は、右判決を不服として控訴したが(仙台高等裁判所平成四年(ネ)第五四六号不当利得金返還請求控訴事件)、平成六年二月二八日、同様の理由により、控訴棄却の判決がなされ、右判決はそのころ確定した。

10  仙台中税務署長らは、本件取立訴訟で敗訴したことを踏まえ、原告らの本件各所得税更正処分の更正の請求(国税通則法二三条一項)を受けて、別表一及び二記載のとおり、原告らの本件各所得税更正処分にかかる税額等を更正し(同条四項)、また、仙台国税局長は、本件各徴収処分として行われた原告らの所有する不動産に対する差し押さえを解除するなどの処置をとった。

二  当事者の主張

(原告らの主張)

1 被告の責任原因

(一) 仙台中税務署長らが、故意又は過失により、違法に本件各所得税更正処分をし、また、違法に原告らの異議申立てを棄却したことによる責任

(1) 国の公務員である税務職員が、その行おうとする課税処分が過大な認定となることを予見しまたは予見し得べきであったにもかかわらず、漫然と当該課税処分をした場合には、職務上要請される注意義務を尽くさなかったものとして、当該税務職員の行為は、国家賠償法一条一項の違法性を有するものというべきである。

(2) 仙台中税務署長らは、原告らが、本件不動産の譲渡を本件株式売買に仮装する意思があった、あるいは、原告らには、aが株式会社Aに帰属する金員を本件株式売買の代金に流用することについて悪意又は重大な過失があったと誤認して、本件各所得税更正処分を行ったものであるが、原告甲及び税務の専門家として本件株式売買につきアドバイスをした癸税理士から十分に事情聴取を行う等の調査を尽くせば、右認定が誤りであって、本件各所得税更正処分が過大な税額を認定することになることを予見できたにもかかわらず、右調査をしなかった。

また、仙台中税務署長らは、本件各所得税更正処分及びその処分の前提となる調査において、原告らが、本件不動産を売買した後に株式会社Aを解散する方法ではなく、株主全員の株式譲渡(営業譲渡)の方法を選択して、株式会社Aの経営から手を引く場合があり得ることを考慮した形跡が全くないが、当時の税制上、有価証券の譲渡が原則非課税であったことからすると、原告らが株式譲渡の方法を選択することを、十二分に予想でき、また予想すべきであった。

しかるに、仙台中税務署長らは、右のような場合を故意または過失により、予想せず、さらに、税務調査の過程において、aが、原告甲から株式譲渡でなければ売買に応じないと言われていた旨、並びに、同人が本件の取引は株式の売買であったこと及び昭和六一年一月三一日現在の株式会社Aの代表者が自分であることを認識している旨の供述をしたとの調査結果を得ていたのであるから、原告甲などから、更に事情を聴取すべきであったのに、これを行わないまま、本件各所得税更正処分を行ったものである。

また、原告らは、本件各所得税更正処分に対し、癸税理士らを代理人として、異議申立てをし、その手続の中で、仙台中税務署長らが聴取したものとは全く異なる内容が記載されたaの供述書面を提出したのであるから、仙台中税務署長らは、本件異議申立てを棄却するに際し、十分な補充調査をすべきであり、また、十分な補充調査をすれば、前記事実認定が誤りであることを予見できたにもかかわらず、補充の調査をせず、本件異議申立てを棄却した。

以上のように、本件各所得税更正処分は、通常の法律上の知識、経験則に基づかず、また、必然かつ容易な調査を欠いて行われたものであるから、違法であり、仙台中税務署長らには、故意又は過失も認められるというべきである。

(二) 仙台国税局長ないし被告が、故意又は過失により、違法に本件各徴収処分を行ったこと、並びに、違法に本件取立訴訟を提起したこと(違法に本件債権差押及び本件仮差押をしたことを含む。)に基づく責任

(1) 課税処分と徴収処分は、相結合して徴税という法的効果の実現を目的とする一連の行政行為であるから、先行行為である本件各所得税更正処分の違法性は、後行行為である本件各徴収処分及び本件取立訴訟に承継される。

したがって、本件各徴収処分及び本件取立訴訟は、違法な本件各所得税更正処分に基づいて行われたものとして、違法性を承継する。

(2) 仮に、そうでないとしても、本件各徴収処分及び本件取立訴訟は、それ自体が違法である。すなわち、本件各徴収処分及び本件取立訴訟は、原告らが本件配分金を受領したことが不当利得に当たり、株式会社Aは原告らに対して本件債権たる不当利得返還請求権を有するとの前提でなされたものであるが、原告らが本件配分金を受領したことが不当利得に当たるとの仙台国税局長の判断が誤りであり、違法であって、かつ、その点につき、仙台国税局長に故意又は過失があったものであるから、本件各徴収処分及び本件取立訴訟は、それ自体が違法である。

(3) 特に本件取立訴訟についてみると、国税徴収法上の取立権の存在とその実現の手段とは密接不可分の関係にあるものであり、両者を截然と分けて考えることはできないものであるところ、租税法に基づく課税処分・徴収処分・差押処分は公権力の行使の典型例であり、国税徴収法上の取立権を実現する手段である本件取立訴訟の提起もまた公権力の行使に当たると解すべきである。

そして、国家が個人を被告として訴訟を提起する場合には、それによって個人の受ける諸々の重大な不利益も十分に考慮して、万が一にも誤った訴えを提起することのないように要件事実や証拠の存否について十分に吟味した上でなされなければならないと解すべきであり、本件では、仙台国税局長には、本件取立訴訟を提起するに当たり、それまでの本件各更正処分や本件各徴収処分に誤りがなかったかどうかを慎重に再検討し、疑問や不十分な点があれば再調査や追加調査を行い、また、原告らからの審査請求の審査手続を先行させるなどして、先行行為である本件各所得税更正処分及び本件各徴収処分の違法性を発見し、誤った訴えを提起することのないようにすべき義務があった。

しかるに、仙台国税局長は、右のような慎重な検討も調査もせずにそれまでの不十分な調査結果をそのまま踏襲し、また、右審査手続を事実上停止したまま漫然と、本件取立訴訟を提起したのであるから、仙台国税局長は、その職務上要請される義務を怠ったものというべきである。

以上のように、仙台国税局長は、職務上要請される義務を怠って本件取立訴訟を提起したものであるから、仙台国税局長の行為は、違法であり、かつ、そのことにつき故意又は過失も認められるというべきである。

2 損害の発生及びその数額

(一) 原告らは、本件各更正処分及び本件各徴収処分に対する異議申立て並びに審査請求等の遂行を委任した癸税理士から、その報酬として九六〇万円を請求され、また、本件取立訴訟の遂行を委任した、弁護士床井茂に一六二〇万円(着手金六二〇万円、報酬金一〇〇〇万円)、同高橋輝雄に一一八〇万円(着手金三八〇万円、報酬金八〇〇万円)を支払ったほか、本件訴訟の提起に当たり、弁護士床井茂に一〇〇万円、同高橋輝雄に五〇万円、同鹿又喜治に五〇万円の着手金を支払った。

原告らは、右合計三九六〇万円の原告間の負担割合として、後記(三)の上段に記載された金額のとおり合意した。

(二) また、原告らは、本件各所得税更正処分、本件各徴収処分及び本件取立訴訟の提起等により、営業上の信用が毀損され、また、長期間にわたり、脱税者の汚名を着せられたことによって多大な精神的損害を被ったところ、その精神的苦痛に対する慰謝料の額は、課税合計額の約六パーセントに相当する額(後記(三)の中段の金額)が相当である。

(三) 原告甲 一一五〇万円 五〇〇万円 計一六五〇万円

原告乙 三〇万円 五〇万円 計八〇万円

原告丙 一一五〇万円 五〇〇万円 計一六五〇万円

原告丁 四三〇万円 二三〇万円 計六六〇万円

原告戊 一一五〇万円 五〇〇万円 計一六五〇万円

原告己 一〇万円 三〇万円 計四〇万円

原告庚 一〇万円 三〇万円 計四〇万円

原告辛 三〇万円 五〇万円 計八〇万円

(被告の主張)

以下のとおり、仙台中税務署長らが本件各所得税更正処分をしたこと及びこれに対する異議申立ての棄却決定をしたこと、仙台国税局長が本件各徴収処分をしたこと、並びに、仙台国税局長ないし被告が、本件債権差押及び本件仮差押をした上、本件取立訴訟を提起したことは、いずれも、国家賠償法上違法であるということはできず、また、仙台中税務署長ら及び仙台国税局長には、故意又は過失はないというべきである。

したがって、被告は、国家賠償法に基づく責任を負わない。

1 本件各所得税更正処分について

(一) 仙台中税務署長らは、本件株式売買及び本件不動産売買につき、株式会社Aの申告書及び帳簿を検討し、a、原告甲、癸税理士等の関係者から事情を聴取したほか、金融機関等の取引先の調査を行った。その結果、以下の事実が認められた。

<1> 株式会社Aは、昭和六〇年一〇月二二日付けで、E株式会社に対し、本件不動産を売却する旨の売買予約契約及び売買契約を締結した。その後、E株式会社は、D株式会社に、本件不動産の転売を働きかけたところ、同社から、売主をF株式会社とするよう求められた。そこで、E株式会社は、同年一一月一四日、F株式会社との間でD株式会社に対する本件不動産の売主をF株式会社名義とする旨の名義借契約を締結した上、同月二〇、F株式会社を売主として、D株式会社との間で、本件不動産売買契約を締結した。右一連の取引には、E株式会社の代表取締役の夫であるaが関与していた。右各売買契約は、引渡期日が昭和六一年一月三一日、手付金が一億二〇〇〇万円である点で一致し、右引渡期日は、本件株式売買契約の締結日とも一致していた。

<2> aは、昭和六一年一月三一日、原告らとの間で、株式会社Aの全株式を四億九九九八万円で譲り受ける旨の本件株式売買契約を締結し、同日、同社の代表取締役に就任した。しかし、本件不動産を譲渡した後には、株式会社Aには見るべき資産はなく、aには、事業継続の意思もなく、かつ、株式会社Aの全株式を取得するための資力もなかった。また、aは、原告甲から株主全員の株券を受領したことについて、本件不動産の引渡しを受けるための形式に過ぎないと考えていた。

<3> 右<1>記載の株式会社AとE株式会社との間の売買予約契約及び売買契約の契約書には、当時の株式会社Aの代表取締役である原告甲の署名があり、同書類には、契約締結当日、E株式会社が、株式会社Aに対し、手付金一億二〇〇〇万円を支払ったとの記載があったが、株式会社Aの会計帳簿には右取引にかかる記載はなかった。

<4> 昭和六一年一月三一日、D株式会社が本件不動産の譲渡代金の残額として支払った六億八〇〇〇万円は、株式会社Aの借入金の返済に二億〇六〇〇万円が、仲介手数料等に九四〇二万円が、株式売買代金の残金に三億七九九八万円がそれぞれ充当され、原告らは、右株式売買代金をその場で分配して受領した。

(二) 右(一)記載の諸事実によれば、株式会社Aを当事者として締結された本件不動産の売買予約及び売買契約を前提として、F株式会社とD株式会社との間で本件不動産の売買契約が締結されたこと、右各契約の本件不動産の引渡し期日がいずれも昭和六一年一月三一日であったこと、右各契約の手付金の金額がいずれも一億二〇〇〇万円であったこと、右引渡し期日は本件株式売買契約の締結日と一致することのほか、株式会社Aを当事者として締結された本件不動産の売買予約及び売買契約に基づき支払われた手付金が、本件株式売買代金の一部に充当されたこと、aが本件株式売買契約を不動産を取得して転売するための形式として行ったと供述していることと、株式譲渡代金の額が、本件不動産の実勢価格から株式会社Aの負債額を控除した金額とほぼ符合することなどの諸事情が認められた。

そこで、仙台中税務署長らは、本件株式売買契約は、原告らが、本件不動産の譲渡代金に対する課税を回避する目的で締結したものであって、同契約の実質は株式会社Aが所有する本件不動産の譲渡契約であると判断した上で、原告らが株式売買代金名下に取得した金員は、株式会社Aから法律上の原因なくして不当に取得した金員であり、所得税法上の雑所得に該当すると認定し、本件各所得税更正処分を行った。

(三) 課税処分が国家賠償法上違法であるか否かは、当該処分の根拠規定である関係租税法規等の目的、内容に照らし、法の予定する租税賦課処分の態様を逸脱しているか否か、当該税務署長が、当該納税者に対して負担する職務上の法的義務に違背したかどうかによって判断される。そして、税務署長は、納税者による確定申告の内容及び税務調査等により収集した証拠資料を基礎とし、これらを総合勘案して課税要件事実の存否を認定し、関係法規を解釈適用して課税処分を行うのであるから、課税処分が国家賠償法上違法となるか否かは、税務署長が当該課税処分をなす際の証拠資料の収集及びこれに基づく認定判断において、納税者に対し負担する職務上の法的義務に違反したか否かによって決せられる。

本件において、仙台中税務署長らは、株式会社Aの法人税調査において把握した資料等から、株式会社A所有の本件不動産の譲渡契約の経過、内容、譲渡代金の支払状況、本件株式がaに引き渡されるまでの経過、売買代金の支払状況等を考慮し、また、本件と同様の事実関係の下で株式の売買契約が虚偽表示に当たり、株式の代金名下の金員の受領が不当利得とされた最高裁第二小法廷昭和六一年六月二七日判決をもとに、本件各所得税更正処分を行ったものであるから、右処分に至る証拠資料の収集及びこれに基づく認定判断において、仙台中税務署長らは、原告らに対して負担する職務上の法的義務に違反していない。

(四) 故意又は過失の不存在

仮に、仙台中税務署長らの公権力の行使に違法があったとしても、行政処分は、法令に適合してなされることが要求されるところ、行政法規の解釈、適用は、常に必ずしも容易でなく、事実関係が複雑で、究明が困難な場合もあり得るのであるから、当該公務員が職務上要求される通常の法律上の知識、経験則に基づいて正当であると判断して行った処分が、事後に上級庁あるいは裁判所の判断により違法と判定されたとしても、直ちに当該公務員に故意又は過失があったとはいえない。

特に、課税処分は、反復継続して大量の申告書を検討し、一定期間内に処理する必要があるのであるから、当該公務員につき、故意又は過失が認められるのは、一見明瞭な法解釈の誤りや事実の誤認を犯した場合にとどまるというべきである。

前述のとおり、仙台中税務署長らは、株式会社Aの申告書や帳簿を検討し、a、原告甲、癸税理士等の関係者からの事情聴取をしたほか、金融機関等の取引先の調査を行って、その内容を十分に調査検討して客観的に事実認定を行い、最高裁の判例を踏まえた上で、本件各所得税更正処分を行ったのであるから、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くしたうえで、本件各所得税更正処分を行ったものであり、国家賠償法一条一項の故意又は過失はない。

2 異議申立てにかかる棄却決定について

aの供述書面(甲九、三三の7)は、昭和六三年八月五日付けで作成されているところ、原告らからなされた本件各所得税更正処分にかかる異議申立てに対する異議決定が行われたのは同年七月八日であるから、右供述書面が異議申立ての際に提出されたものでないことは明らかであり、この点における原告らの主張は失当である。

不服申立制度における異議申立ては、特に国税に関する処分にあっては、それが大量的かつ回帰的なものであること及び事案を熟知し事実関係の究明に便宜的な位置にある処分庁が裁決庁となることが望ましいとの理由から、原処分庁と同一の異議審理庁が行うこととされているが、三か月を経過しても異議決定がされないときは異議申立人は審査請求をすることができる(行政不服審判法二〇条一項二号)ので、異議審査庁としてはなるべく右期間内に処理することが望まれるのであり、このようなことから異議申立ては原処分を見直す簡易迅速な行政救済手続として位置付けられるのである。

本件において、仙台中税務署長らの異議審理担当官は、異議申立人の代理人である癸税理士に面会して事実関係及び異議申立事項を確認した上で、原処分である原告らに対する本件各所得税更正処分の見直し調査を行ったものの、結局、原処分は適法であると判断したものである。

したがって、異議申立ての性質と前述のような事実関係の下では、本件異議審理の過程に原告らが主張するような違法性は認められない。

3 本件各徴収処分について

(一) 違法性の承継

課税処分と徴税処分とは関連する処分ではあるが、それぞれ別個の効果を目的とする独自の処分である。すなわち、課税処分に対して不服のある場合には、行政上の救済である異議申立て、審査請求の手続が認められ、納税義務者が自己の納税義務を履行すれば、それで完結することから、課税処分は徴収処分を当然に予定しているものではなく、それ自体独自の効果を目的とするものである。また、徴収処分は、納税義務の不履行という要件が整って初めて発動される処分であって、課税処分がなされると必然的に行われる処分ではない。さらに、国税通則法一〇五条一項は、国税に関する法律に基づく処分に対する不服申立ては、その目的となった処分の効力、処分の執行又は手続の続行を妨げないと規定し、徴収処分の手続の続行を原則的に認めている。

したがって、課税処分と徴収処分の間には、違法性の承継は認められないというべきであるから、本件各所得税更正処分の違法を前提に本件各徴収処分の違法を主張する原告らの主張は失当である。

(二) 本件各徴収処分自体の適法性について

本件各徴収処分は、課税処分ではなく、徴収処分であるところ、課税処分と徴収処分とは関連する処分ではあるが、それぞれ別個の効果を目的とする独自の処分であり、徴収処分を行うに当たり、納税義務の存否・範囲を改めて判断する必要はない。

したがって、これが必要であるかのごとき見解に立ち、本件徴収処分自体の違法をいう原告らの主張は失当である。

そして、他に原告らに対する本件各徴収処分自体の瑕疵が認められない以上、本件各徴収処分は適法である。

4 本件取立訴訟について

(一) 国家賠償法一条一項は、公権力の行使を要件とするが、本件取立訴訟の提起自体は、国税徴収法上認められた取立権の実現を図るため、裁判所に対し、公権力の発動を求める行為であるところ、取立権は、国に自力執行権が認められないことから与えられた権利であり、その実現は、民事訴訟を経て、裁判所の判決を得なければ不可能なのであるから、私法上の権利行使と同様であり、公権力の行使には該当しないというべきである。

(二) また、課税処分が違法としても、徴収処分自体の適法性には影響はないものというべきところ、本件取立訴訟の提起も、賦課した税金を徴収する段階の問題なのであるから、仮に、本件各更正処分が違法であったとしても、その違法性が本件取立訴訟に承継されることはない。

(三) さらに、本件取立訴訟提起についての違法性判断については、次の基準が適用されるべきである。すなわち、民事訴訟を提起した者が敗訴の確定判決を受けた場合に、訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利または法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られる。

本件取立訴訟の提起は、国税債権の実現を図るため国税徴収法上認められた、裁判所に対して公権力の発動を求める行為であり、右訴訟において主張した権利が、事実的、法律的根拠を欠くものとも認められず、また、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものとも認められない以上、本件取立訴訟の提起自体も違法とはいえない。

(四) 故意又は過失の不存在

行政処分は法令に適合してなされることが要求され、当該処分に当たる公務員は関係法規の解釈を誤らないことを要するのであるが、行政法規の解釈は必ずしも容易ではなく、ことがらの内容によっては区々の解釈を生じ、時として見解の相違というほかないような場合もあり得るのであって、かかる場合当該公務員が職務上要求される通常の法律知識に従い解釈上正当として判断してなした処分が、たとえ事後における行政解釈の変更により、さらに制度上終局的には裁判所の判断により、結局違法と判定されたにしても、それが故意又は過失に基づくものということはできないのであり、また、ある事項に関する法律解釈につき異なる見解が対立し、実務上の取扱いも分かれていて、そのいずれについても相当の根拠が認められる場合に、公務員がその一方の見解を正当と解しこれに立脚して公務を執行したときは、のちにその執行が違法と判断されたからといって直ちに右公務員に過失があったものとすることはできない。

本件において、仙台国税局長は、株式会社Aの法人税調査によって把握された事実関係(財産調査、株式会社A所有の本件不動産の譲渡契約の経過等)及びその資料並びに類似事件として争われた最高裁昭和六一年六月二七日第二小法廷判決の内容に基づき、株式会社Aが原告らに対して不当利得返還請求権を有するとの判断に至ったものであり、仙台国税局長は、職務上要求される通常の法律知識に従い解釈上正当と判断して、右債権の差押えを行い、その取立てのため本件取立訴訟を提起したのであるから、国家賠償法一条一項所定の「故意又は過失」はない。

三  争点

1  仙台中税務署長らが本件各所得税更正処分をしたことにつき、被告が、国家賠償法上の責任を負うか否か。

2  仙台中税務署長らが本件各所得税更正処分に対する原告らの異議申立てを棄却したことにつき、被告が、国家賠償法上の責任を負うか否か。

3  仙台国税局長が本件各徴収処分を行ったことにつき、被告が、国家賠償法上の責任を負うか否か。

4  仙台国税局長ないし被告が本件債権の差押え及び本件仮差押をした上で、本件取立訴訟を提起したことにつき、被告が、国家賠償法上の責任を負うか否か。

5  損害の発生及びその数額

第三当裁判所の判断

一  争点1(仙台中税務署長らが本件各所得税更正処分を行ったことについての被告の責任の有無)について

1  本件各所得税更正処分が租税関係法規に合致した適法な処分となるのは、本件株式売買が、本件不動産の売却によって課せられる多額の法人税の負担を免れるため、原告らがaと通謀の上、本件株式をaに譲渡して、aが原告甲に代わって株式会社Aの代表取締役に就任するという形式を作出させるとともに、本件株式売買の代金名下に本件不動産の売買代金相当額を取得することを目的として締結されたものであって、虚偽表示として無効となる場合、あるいは、原告らが、本件配分金を受領した際に、aが本件不動産の売却代金を本件株式売買の支払に流用したことを知り、又は、重大な過失によりこれを知らなかった場合であるところ、前記第二の一記載の事実にかんがみれば、右各事実があったということはできない。したがって、本件各所得税更正処分は、租税関係法規に適合しない瑕疵ある処分であってというべきである。

しかしながら、国家賠償法一条一項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを規定したものであり(最高裁昭和六〇年一一月二一日第一小法廷判決・民集三九巻七号一五一二頁)、同条項の「違法」とは、当該公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背することをいうと解されるのであるから、税務署長のした所得税の更正が瑕疵ある処分であったとしても、そのことから直ちに、当該税務署長の行為が国家賠償法上も違法であるとの評価を受けるものではないというべきである。

そして、国家通則法二四条の更正をする際に、税務署長が行うべき「調査」とは、当該税務署長が、証拠資料を収集し、その証拠の評価、租税関係法規の解釈等を経て、課税標準又は税額等を認定するに至る一連の判断過程の一切を意味するものと解されるところ、右「調査」の方法、時期などその具体的手続については、同法を含めその他の法令上も何ら規定されておらず、その点では、更正をする税務署長にある程度の裁量権があることは否定できない。したがって、税務署長のした所得税の更正に瑕疵がある場合に、当該税務署長の行為が国家賠償法上も違法であるとの評価を受けるのは、当該税務署長が、資料を収集し、これに基づき課税要件事実を認定、判断する上において、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該更正をしたと認め得るような事情がある場合に限られるものと解するのが相当である(最高裁平成五年三月一一日第一小法廷判決・民集四七巻四号二八六三頁参照)。

そこで、以下、仙台中税務署長らが本件各所得税更正処分をしたことにつき、右事情が認められるか否かについて検討する。

2  前記第二の一の事実及び証拠(甲一四ないし二六、三二、乙三、四、五の1ないし5、六の1・2、九の6、一九、二〇、二一の1ないし8、二二ないし二四、証人d、証人癸、原告丙本人)並びに弁論の全趣旨を総合すると以下の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

(一) 昭和六二年秋ころ、仙台中税務署の職員が本件不動産売買に関する株式会社Aの法人税の申告書等の調査をしたところ、株式会社Aが、本件不動産売買に関する譲渡収入を過少に申告している疑いが出た。

そこで、仙台中税務署では、同税務署の三浦禎夫統括国税調査官(以下「三浦統括官」という。)、星菊夫上席国税調査官及び仙台国税局の直税部の藤村治実査官を右調査の担当として調査態勢を整え、本件不動産売買に関する資料の収集を開始した(以下、右調査に加わった税務職員を総称して「三浦統括官ら」という。なお、後記のとおり、昭和六二年一二月ころからは、原告らに対する所得税の課税が必要となる可能性があるとの判断の下、仙台中税務署の所得税部門担当の税務職員等も三浦統括官らの調査チームに加わった。)。

(二) そして、三浦統括官らは、同年一一月四日までの間に、宮城県税事務所、D株式会社の営業所等を訪問し、昭和六〇年一〇月二二日付けの「土地・建物予約契約書」と題する書面(乙五の2。以下「本件予約契約書」という。)、同日付けの「土地建物売買契約書」と題する書面(乙五の3。以下「本件第一売買契約書」という。)、同年一一月四日付けの「契約書」と題する書面(乙五の4。以下「本件名義借契約書」という。)及び同月二〇日付けの「土地建物売買契約書」と題する書面(乙五の5。以下「本件第二売買契約書」という。)などの本件不動産売買に関して作成された契約書類の写し(以下「本件不動産売買の契約書類」という。)、並びに、本件不動産及び株式会社Aの登記簿謄本などを入手した。

三浦統括官らが入手した本件不動産売買の契約書類に記載されていた主な内容等は、以下のとおりであった。

(1) 昭和六〇年一〇月二二日付けの本件予約契約書には、株式会社AとE株式会社との間で、本件予約契約書に添付された「別紙」に記載された内容(右「別紙」の内容は、必ずしも明らかではないが、おおよそ、本件第一売買契約書に記載された内容と同一のものであると推察される。)で、売買契約を締結することを予約する旨の合意があったこと、E株式会社が、同日、株式会社Aに対し、売主に不履行があった場合には手付金の倍額を買主に対し返還するとの約定付きで、手付金として一億二〇〇〇万円を支払ったことなどが記載されており、その契約書の売主欄には、株式会社Aとの表示があり、当時の株式会社Aの代表取締役であった原告甲の通称である甲の署名の下、株式会社Aの代表者印が押印され、また、売主の連帯保証人欄には、甲の署名の下、原告甲の印が押印されていた。

(2) 同日付けの本件第一売買契約書には、株式会社AとE株式会社との間で、本件不動産を六億八六〇〇万円で売却する旨の売買契約が成立したこと、E株式会社が株式会社Aに対し、右予約契約の締結と同時に、手付として一億二〇〇〇万円を支払ったこと、残代金五億六六〇〇万円は、移転登記に必要な書類等を受領したとき、又は、移転登記のときに支払うことなどが記載されており、その契約書の売主欄には、株式会社Aとの表示があり、甲の署名の下、株式会社Aの代表者印が押印されていた。

(3) 同年一一月四日付けの本件名義借契約書には、E株式会社が、本件不動産をD株式会社に売却するに際し、F株式会社の名義を二一〇〇万円で借用することを合意したことなどが記載されていた。

(4) 同月二〇日付けの本件第二売買契約書には、F株式会社がD株式会社に対し、本件不動産を八億円で売却する旨の売買契約が成立したこと、D株式会社がF株式会社に対し、同日、手付として一億二〇〇〇万円を支払うこと、残代金六億八〇〇〇万円は、昭和六一年一月三一日までに支払うことなどが記載されていた。

(三) 以上のような資料を入手した三浦統括官らは、昭和六二年一一月四日、aと面接し、本件不動産売買及び本件株式売買に関する事情を聴取し、aから、昭和六一年一月三一日付けの「株式売買契約書」と題する書面の写し(乙六の2。以下「本件株式売買契約書」という。)及び本件不動産の売買当時の株式会社Aの決算書類等を入手した。

本件株式売買契約書には、原告らが、aに対し、右同日、本件株式を四億九九九八万円で売却する旨の契約が成立したことなどの内容が記載されており、原告ら全員の記名押印がされていた(なお、右記名部分は、原告らの通称が表示されている。)。

また、三浦統括官らは、昭和六二年一一月五日に原告丙と、同月六日に癸税理士と面接し、それぞれから、本件株式売買に関する事情を聴取した。原告丙は、右事情聴取に対し、原告甲からaに株式を譲渡することを伝えられて驚いたこと、原告甲又は癸税理士から株式の譲渡にすれば税金がかからないと言われていた記憶があること、実務的な話については癸税理士が行っておりよく分からないこと、受領した代金は約一億二〇〇〇万円であり、それをB信用金庫C支店の口座に預金したが、その後解約したことなどの話をした。

また、癸税理士は、右事情聴取に対し、本件株式売買の代金は、原告甲が代表して小切手で一回で受領し、他の株主に持株数に応じて分配したこと、株式会社Aの仕事を実質的に行っていたのは、原告丙であること、本件株式売買の約半年前ころ、原告らから相談を受け、税法上問題ない旨助言したことなどの話をし、三浦統括官らに対し、原告らの持株数の内訳に関する資料を交付した。

(四) その後、三浦統括官らは、同月一〇日、同月二七日、同年一二月五日の三回、aと面接し、本件不動産売買の契約書類を示して、本件不動産売買及び本件株式売買の経緯や状況等について事情を聴取し、「質問応答書」(乙五の1)を作成した。

aは、右事情聴取の際、概ね、後記(1)ないし(4)記載の内容の供述をしたが、昭和六〇年一〇月二二日に、原告甲との間で株式譲渡に関する本件仮契約を締結したことについては、何ら話をしなかった。

(1) 昭和六〇年九月ころ、G不動産商事のeから本件不動産の買主を紹介するように依頼され、また、後日、株式会社Aの代理人と称するbからも同様の依頼を受けた。

そこで、H株式会社の社長に買主を紹介して欲しい旨依頼したところ、同年一〇月ころ、D株式会社が八億円で購入する予定があるとの連絡を受けた。

(2) 実質的には、本件不動産売買は、株式会社AとD株式会社との間の取引であると思っているが、D株式会社の担当者のf課長代理から、本件不動産売買の売主を信用のあるF株式会社とするようにとの依頼があったため、株式会社AとD株式会社との間の契約書ではなく、前記の本件不動産売買の契約書類を作成した。

(3) 本件不動産売買の代金八億円のうち、手付金の一億二〇〇〇万円は、F株式会社から借り入れ、昭和六〇年一〇月二二日に本件予約契約書を作成した際に、原告甲に支払い、後日、D株式会社からF株式会社に同額の手付金が支払われた。残金の六億八〇〇〇万円は、D株式会社から、昭和六一年一月三一日、B信用金庫C支店の二階会議室において、三井銀行仙台支店振出の数通の小切手で支払われた。その場にいたのは、原告ら全員と、D株式会社の担当者のf課長代理、g社長、h、B信用金庫C支店の支店長であった。

D株式会社から受け取った小切手のうち、三億三四九八万円の小切手と四五〇〇万円の小切手は、原告甲に渡した。また、B信用金庫C支店の支店長には、株式会社Aの借入金の返済として、二億〇六〇〇万円の小切手を、hには、仲介手数料として、一一〇〇万円の小切手を、g社長には、諸費用として、一二〇〇万円の小切手を、それぞれ渡した。なお、同年二月一日、bに、仲介手数料として二〇〇〇万円を支払った。

(4) 株式会社Aの昭和六一年度の法人税確定申告書を作成したのは、自分であり、株式の取得代金を売上原価に含めた理由は、株式会社Aの譲渡益が多大になり、株式会社Aにその納税資力がないためである。

(五) 三浦統括官らは、以上のような株式会社Aの法人税に関する調査の過程において、本件株式売買は、本件不動産売買に伴って株式会社Aに対して課せられることになる法人税の支払いを免れるために、形式的になされたものである可能性が高く、原告らが本件配分金を受領したことは、不当利得になり、所得税法上の雑所得に当たる可能性があると判断し、株式会社Aに対する法人税の調査に加え、原告らに対する所得税の調査も並行して行うこととし、昭和六二年一一月末ころ、三浦統括官らの調査チームの中に、仙台中税務署の酒井玄策特別国税調査官(以下「酒井特官」という。)、伊藤幸雄国税調査官(以下「伊藤調査官」という。)及び仙台国税局直税部の米内山功主査(以下「米内山主査」という。)など所得税担当の税務職員を加えることとした。

(六) そして、三浦統括官らは、同月一四日から同年一二月二一日までの間に、原告甲、原告庚及び亡壬と面接し、本件株式売買の経緯及び本件配分金の受領状況に関する事情を聴取し、本件配分金の受領状況に関する資料の提出を求めた。また、三浦統括官らは、右の間、bとも面接し、本件取引に際して支払われた仲介手数料の受領状況に関する事情を聴取した。右の事情聴取に対し、原告甲、原告庚及び亡壬は、aとの間で昭和六一年一月三一日に本件株式売買を行ったこと、原告らがそれぞれ持株数に応じて、本件配分金を受領したことなどを説明し、それぞれ、本件配分金の受領状況に関する書面を作成するなどして提出した。また、原告甲は、本件株式売買については癸税理士がすべて知っている旨述べた。

なお、三浦統括官らは、原告甲らからの事情聴取の際、本件配分金の受領に関する事情を中心に聴取し、本件株式売買の経緯については、それほど詳しく事情を聴取しなかった。

また、三浦統括官らは、昭和六二年一二月一五日、aと面接し、主に、本件株式売買契約書を作成した経緯について事情を聴取し、同日付けの「質問応答書」(乙六の1)を作成した。右の事情聴取に対し、aは、本件の取引の実質は本件不動産の売買であるが、原告甲から株式譲渡でなければ応じられない旨の話があったため、昭和六一年一月三一日に原告甲が持参してきた本件株式売買契約書に押印したこと、株式会社AとD株式会社との間で本件不動産売買が成立すれば、形式は問題ではなかったこと、原告甲から右同日原告ら全員分の本件株式の株券を受領し、株式会社Aの株主の地位及び株式会社Aの実印を引き継いだが、これは、本件不動産の引渡しを受けるための形式に過ぎないと思っていること、右同日当時の株式会社Aの代表取締役は、自分であると認識していることなどの話をした。

(七) さらに、米内山主査は、昭和六二年一二月一八日、B信用金庫C支店を訪れ、原告甲らの口座に本件配分金が入金されていることを確認し、また、預貯金等の取引状況の照会をしたが、その際に、同支店から、株式会社Aの借入金に関する「融資条件変更稟議書」(乙九の6、以下「本件稟議書」という。)を入手した。

本件稟議書には、株式会社Aから同信用金庫に対し、担保となっている本件不動産を売却するために、昭和六一年一月三一日に借入金の二億〇六〇〇万円を返済し、根抵当権を解約したいとの申し出があった旨記載されており、「売却予定価額約七億〇六〇〇万円(会社譲渡)」などと記載されていた。また、本件稟議書には、同信用金庫職員が、壬(亡壬)及びF株式会社のi専務から聞いた話をまとめた「株式会社Aの売却について」と題する別紙(以下「本件稟議書の別紙」という。)が添附されており、そこには、<1>本件不動産を株式会社AからG(代表取締役a)へ七億〇六〇〇万円で売却し、Gから中央の業者へ約一〇億円で売却する予定があること、<2>本件不動産のみを売却すると約三億円の税金がかかるが、株式会社Aに新役員が入り現役員が全員退任し退職金を支払う形にすると税金が約五〇〇〇万円で済むので、土地建物のみでなく会社ごと売却することにしたこと、<3>右の方法によると、当時の株式会社Aの役員一人当たりの配分金が約一億五〇〇〇万円となることなどの内容が記載されていた。

(八) 仙台中税務署の係官らは、以上のような株式会社Aの法人税及び原告らの所得税に関する税務調査を通じて収集した資料をもとに、署内で協議したところ、本件においては、後記(1)ないし(5)記載の事情が認められ、右の諸事情等を考慮すれば、原告らは本件不動産の譲渡益に対する課税を回避する目的で、aとの間で本件株式売買契約を締結したに過ぎず、その実質は本件不動産の売買であり、原告らが受領した本件配分金は、法律上の原因なく不当に利得した金員であるから雑所得に該当するということができると判断し、株式会社Aに対する本件法人税更正処分とともに、原告らに対する本件所得税更正処分をする方針を固めた。

(1) aは、株式会社Aに帰属すべき本件不動産売買代金を流用して、原告らに株式売買代金として支払っており、原告らは間違いなく受領していること

(2) 本件予約契約書及び本件第一売買契約書が昭和六〇年一〇月二二日に作成され、その後の、昭和六一年一月三一日に本件株式売買契約書が作成されており、めぼしい財産が皆無となった株式会社Aの株式を高価な価額で譲渡しているのは、不自然であること

(3) 原告らは、昭和六〇年一〇月二二日に、手付金一億二〇〇〇万円を受領しているが、その日は、本件予約契約書及び本件第一売買契約書の作成日と一致しており、また、その手付金の金額は、右各契約書における手付金の金額と一致していること

(4) aは、「当該物件(本件不動産)の売却代金の残金六億八〇〇〇万円を受領した際に、甲(原告甲)から株主全員の株券を受領しましたが、私にとってこれは、土地・建物の引渡しを受けるための形式に過ぎないと思っています」と供述しており、当初から株式会社Aを経営する意思はなく、本件不動産の転売に伴う譲渡益を取得することを目的としていたということができること

(5) 本件稟議書及びその別紙に、株式会社Aの借入金を本件不動産を売却して支払うというような内容の記載、原告らが税金対策上株式売買の形式をとれば税金が安くなると話していたという内容の記載、及び、原告らが本件株式売買契約を締結する前の時点で、本件不動産に設定されていた根抵当権を抹消して欲しいとの依頼をしていたという内容の記載があったこと

(九) そして、三浦統括官は、本件法人税更正処分をした前日である昭和六二年一二月二三日、癸税理士に対し、右処分が行われる旨を伝えた。癸税理士は、その当時、株式会社Aとは関係がなくなっていたが、右処分が原告らに何らかの関係がある可能性もあると考え、昭和六三年一月五日、その処分の概要を知るために仙台中税務署を訪れた。三浦統括官は、その際、癸税理士に対し、本件法人税更正処分の概要を説明した上で、仙台中税務署が本件株式売買が形式に過ぎないと考えていることを説明し、右処分による株式会社Aの法人税は、株式会社Aの原告らに対する本件債権を行使して(取り立てて)納税することになることと、原告らに対して本件各所得税更正処分を行う方針であることを伝えた。

その後、同月一三日、酒井特官は、癸税理士の事務所を訪れ、同税理士に対し、仙台中税務署長らが本件各所得税更正処分を行う方針であることを説明し、同税理士から原告らに対しその内容を伝えるように依頼した。これに対し、癸税理士は、当初より株式の譲渡として話が進んでいたのであり、不動産売買を株式売買に仮装したというようなことはなかった旨述べたが、原告らに対し、税務署の方針を伝えることは了承した。

なお、右の二回の癸税理士に対する説明のいずれかの際、三浦統括官又は酒井特官は、癸税理士に対し、本件予約契約書及び本件第一売買契約書を含む本件不動産売買の契約書類を示し、その写しを交付した。

(一〇) そして、癸税理士は、同月一八日、原告らに対し、仙台中税務署が本件各所得税更正処分を行う方針であることを説明し、原告らとその後の対応について協議したが、癸税理士が三月一五日までは確定申告等の業務で多忙であること、三浦統括官及び酒井特官の説明を聞いた癸税理士が、仙台中税務署等の課税方針は固まっており、短時間の調査でこれを覆すのは困難であると考え、その旨を原告らに伝えたことから、原告らは、課税処分等がなされてから反論するなどして対応するとの結論に達した。これを受け、癸税理士は、同年一月二五日、酒井特官に対し、電話で、原告らが右のような結論を出した旨回答した。

その後、酒井特官、三浦統括官、米内山主査及び伊藤調査官は、同年二月四日、原告甲のもとを訪れ、改めて仙台中税務署等の課税方針を説明したが、原告甲は、本件の取引は株式の売買なので非課税のはずであるなどと繰り返し述べた後、税務署の職員とはもう会いたくないので今後は癸税理士を窓口として欲しいこと、他の原告らに対しては自分が説明するので会う必要はないことなどを伝えた。

なお、癸税理士及び原告甲は、以上の三浦統括官らとのやり取りにおいて、本件予約契約書及び本件第一売買契約書の作成された経緯について具体的に説明をせず、また、昭和六〇年一〇月二二日に、aと原告らとの間で、本件仮契約が締結され、その契約書を作成したことなどの話もしなかった。

(一一) 仙台中税務署長らは、右のように、原告らから具体的な反論がなく、また、処分を受けてから対応する旨の回答もあったことから、当初の予定どおり本件各所得税更正処分をすることとし、仙台中税務署長及び仙台南税務署長は昭和六三年二月二四日に、また、豊島税務署長は平成元年六月三〇日に本件各所得税更正処分を行った。

(一二) なお、本件予約契約書及び本件第一売買契約書は、以下のようにして作成されたものである。

(1) 原告甲とaは、昭和六〇年一〇月ころ、本件仮契約を締結することを合意し、同月二二日、原告甲の自宅に、a、b、a側のj司法書士及び原告甲側のk司法書士らが集まった。その際、aは、D株式会社との取引のために必要であったため、本件予約契約書及び本件第一売買契約書を持参し、原告甲に対し、原告らの債務不履行に備えて手付金倍返し条項が欲しいとの理由で、株式売買の契約書ではなく、本件予約契約書及び本件第一売買契約書に署名押印するように求めた。

(2) これに対し、原告甲及びk司法書士は、もともとの予定は本件株式の売買であったはずであり、本件不動産の売買であれば応じられない旨述べ、急遽、k司法書士が本件株式の売買契約書の原案を考え、これをワープロで清書したものを作成し、これに原告甲及びaが署名押印した。しかし、手付金を支払うに際し、再び、aが手付金倍返し条項が欲しい旨述べたため、bが原告甲を説得し、原告甲も、右条項の入った本件予約契約書に署名押印することを了承した。そして、bが、本件予約契約書の売主欄の「住所」と「会社」の欄を記入して、株式会社Aの印を押印し、また、原告甲が、「連帯保証人欄」に署名して押印した。

なお、本件第一売買契約書については、後日、aがbに署名押印をするように求めてきたため、原告甲から株式会社Aの実印を預かっていたbの判断において、bが、原告甲に代わって右契約書に署名押印した。

(3) 以上のようにして作成された昭和六〇年一〇月二二日付けの株式売買の契約書、本件予約契約書及び本件第一売買契約書の原本は、いずれも、昭和六一年一月三一日、本件株式売買の本契約が締結された際に、aとbが相談して破棄した。

3  以上の認定事実を基に、本件において、仙台中税務署長らが職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と本件各所得税更正処分をしたと認め得るような事情が存するか否かを判断する。

(一) 前示のaの供述内容や、本件不動産がD株式会社に売却された事実経過にかんがみれば、本件予約契約書及び本件第一売買契約書は、本件不動産売買が成立するために不可欠なものであったということができ、また、これとは反対に、本件の取引が株式売買であれば、通常は、存在するはずのない書類であるということができる。

そして、前示の認定事実からすれば、仙台中税務署長らないし同税務署の係官らは、本件各所得税更正処分をした当時、本件予約契約書及び本件第一売買契約書に署名及び押印をしたのは原告甲であり、その署名及び押印は原告甲の真意に沿ってなされたものと判断していたことが認められるところ、a、原告甲、b、癸税理士等の関係者は、本件の税務調査の過程において、本件予約契約書及び本件第一売買契約書が前示のようにして作成されたものであることを明らかにするなど、右各契約書が原告甲の真意に沿って作成されたものではないことをうかがわせる事情を具体的に述べていたわけではないのであるから、仙台中税務署長らないし同税務署の係官らが、右のように考えたことはやむを得なかったというべきである。

また、仙台中税務署の係官らが、本件の取引について、前記2(八)(1)及び(3)ないし(5)記載の諸事情があると判断したことは、前示の三浦統括官らが行った税務調査によって収集された資料の内容からすれば、いずれも妥当な判断であったというべきである。

そして、右に述べたような諸事情を考慮して、前示の仙台中税務署長らが本件各所得税更正処分をした時点において有していた資料の内容を総合的に検討すれば、本件の事実経過は、株式会社AとE株式会社との間で、昭和六〇年一〇月二二日に、本件予約契約書及び本件第一売買契約書に記載された内容の本件不動産の売買契約が締結され、その後に、本件株式売買契約及び本件不動産売買契約が締結されたというものであったと考えるのが自然であり、また、原告らのうち、少なくとも原告甲と亡壬は本件不動産売買に関与していたと考えるのも自然であるというべきである。

そうすると、仙台中税務署長らが、「原告らは本件不動産の譲渡益に対する課税を回避する目的で、aとの間で本件株式売買契約を締結したに過ぎず、その実質は本件不動産の売買である」と判断したことが不合理であったということはできないというべきである。

(二) そして、仙台中税務署長らは、右のような資料を有している状況下で、しかも、原告らないし癸税理士に対し、本件各所得税更正処分をするとの判断に至った資料のうちでも重要な資料である本件予約契約書及び本件第一売買契約書の写しを交付し、その処分の概要を説明したにもかかわらず、原告らから具体的な反論がなく、かえって、課税処分がなされてから対応する旨の回答があった後に、本件各所得税更正処分をしているのであるから、本件においては、仙台中税務署長らが職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と本件各所得税更正処分をしたと認め得るような事情はなかったというべきである。

(三) これに対し、原告らは、当時の税制上、有価証券の譲渡が原則非課税であったこと、aの供述内容に、本件取引が株式の譲渡であったことをうかがわせる部分があったことなどからすれば、三浦統括官らは、原告甲らから更に事情を聞くべきであったのに、実際には、本件株式売買の経緯については全く事情を聞いていないのに等しいのであるから、仙台中税務署長らが、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くして調査をしたとはいえない旨主張する。

この点、三浦統括官らは、本件の税務調査の過程において、原告甲らから本件配分金の受領に関する事情を中心に聴取し、本件株式売買をするに至った経緯については、それほど詳しく事情を聴取していないことは、前示のとおりである。

しかしながら、三浦統括官らは、本件各所得税更正処分がなされる以前の時点において、先に述べたような説明をして、原告らに反論の機会を与えていたのであって、<1>本件予約契約書及び本件第一売買契約書には、その外形上、原告甲の署名及び押印があったのであるから、通常は、その作成過程について、原告甲において説明することは容易であると考えられること、<2>原告らが癸税理士に相談できる状態であったことなどの事情を考慮すれば、三浦統括官らが、原告らから、本件株式売買をするに至った経緯についてそれほじ詳しく事情を聴取しなかったことが、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くさなかったといえるほど不適切なことであったということはできないというべきである。

また、前示のような、仙台中税務署長らが本件各所得税更正処分を行った時点において有していた資料からうかがわれる諸事情を前提とすれば、本件の取引が通常の「有価証券の譲渡」の事案と異なることは明らかであるから、仙台中税務署長らが有価証券の譲渡が原則非課税であることを考慮して、更なる調査をすべきであったということはできないし、また、aは、三浦統括官らの調査に対し、原告甲が株式の譲渡でなければ応じられない旨述べていたこと、及び、原告らから株券の交付を受けたことなどを供述しているものの、一般的にいえば、株式売買に仮装して不動産取引を行い、法人税の課税を免れようとする者が、株式の譲渡の形式にこだわることは当然であり、また、そのような者が株式売買が行われたことを真実のように見せかけるために、株券の交付等をすることもあり得ることであるから、aが右のような供述をしていたことをもって、仙台中税務署長らが更なる調査をすべきであったということはできない。

4  以上によれば、その余の点について検討するまでもなく、仙台中税務署長らが本件各所得税更正処分をしたことについて、被告が国家賠償法に基づく損害賠償責任を負うとの原告らの主張には理由がない。

二  争点2(仙台中税務署長らが本件各所得税更正処分に関する原告らの異議申立てを棄却したことについての被告の責任の有無)について

1  前記第二の一記載の事実及び証拠(甲三二、三四、証人癸)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告辛を除く原告らは、昭和六三年四月一五日、癸税理士及び1税理士を代理人として、仙台中税務署長ないし仙台南税務署長に対し、各人に対する本件各所得税更正処分についての異議申立てをし、その申立てに際し、「所得税異議申立の理由」と題する書面(甲三四)を提出した。右書面には、本件株式売買当時までの株式会社Aの持株の移動状況、原告らが本件株式を譲渡しようとした動機及びその経緯等が記載されていたが、本件各所得税更正処分に具体的な理由が付記されていなかったため異議の理由を具体的に記載できないとして、本件予約契約書及び本件第一売買契約書が作成された経緯等については記載されていなかった。また、原告辛を除く原告らは、右の異議審理の過程において、右書面以外の書面は提出していない。

その後、仙台中税務署の職員が癸税理士に面会し、異議申立事項及び本件株式売買の経緯について確認した上で、仙台中税務署長及び仙台南税務署長は、同年七月八日、原告辛を除く原告らの異議申立てを棄却した。

(二) また、原告辛も、平成元年八月三〇日、癸税理士及び1税理士を代理人として、豊島税務署長に対し、本件各所得税更正処分について異議申立てをし、その申立てに際し、前示の「所得税異議申立の理由」と題する書面(甲三四)を提出した(なお、原告辛が、右の異議審理の過程において、右書面以外の書面を提出したことを認めるに足りる証拠はない。)。

その後、豊島税務署長は、平成元年一一月二八日、原告辛の異議申立てを棄却した。

2  以上の認定事実を基に、仙台中税務署長らが原告らの異議申立てを棄却する旨の決定をしたことが、国家賠償法上違法と評価されるか否かについて検討する。

(一) 仙台中税務署長らが、原告らの異議申立てを棄却する際に、癸税理士からの事情聴取のほかにどのような調査を行ったのかは必ずしも明らかではないが、弁論の全趣旨によれば、本件各所得税更正処分をした際の資料を再検討したものと推認される。

(二) ところで、前示のとおり、仙台中税務署長らが本件各所得税更正処分をしたことについては、これを国家賠償法上違法であると評価することはできないところ、その主な理由は、その当時の資料からは、本件予約契約書及び本件第一売買契約書が原告甲の真意に沿って作成されたものと考えるのが合理的であるという点にあるということができる。

そうすると、原告らが異議審理の過程で提出した書面には、本件予約契約書及び本件第一売買契約書が作成された経緯等については記載されていなかったのであるから、本件各所得税更正処分をしたことが違法であると評価することができないのと同様の理由により、仙台中税務署長らが、原告らの異議申立てを棄却したことも違法であると評価することはできないというべきである。

3  したがって、その余の点について検討するまでもなく、仙台中税務署長らが本件各所得税更正処分に対する原告らの異議申立てを棄却したことについて、被告が国家賠償法に基づく損害賠償責任を負うとの原告らの主張には理由がない。

三  争点3(仙台国税局長が本件各徴収処分を行ったことについての被告の責任の有無)について

1  まず、原告らは、本件各所得税更正処分は違法であるから、その違法性は本件各徴収処分に承継され、仙台国税局長が本件各徴収処分をしたことも国家賠償法上違法であるとの評価を受けることになる旨主張するところ、前示のとおり、国家賠償法一条一項の「違法」とは、当該公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背することをいうものと解されるのであるから、国家賠償法上の違法性が承継されるということはできず、また、本件各所得税更正処分が瑕疵ある処分であっても、そのことから直ちに、仙台国税局長が本件各徴収処分を行ったことが国家賠償法上違法であるとの評価を受けるわけではない。

したがって、その余の点につき検討するまでもなく、右原告らの主張は採用できない。

2  次に、原告らは、仙台国税局長が、原告らが本件配分金を受領したことが不当利得に当たると判断したことが違法である旨主張するところ、右主張を善解すれば、原告らは、仙台国税局長には、本件各徴収処分を行うに際し、その処分の前提となっている本件各所得税更正処分の有効性について調査すべき義務があったにもかかわらず、仙台国税局長は右義務を怠って本件各徴収処分を行ったのであるから、仙台国税局長が本件各徴収処分を行ったことは、国家賠償法上違法であるとの評価を受ける旨主張しているものと解される。

そこで、この点について検討するに、国税徴収法その他の法令上、徴収処分を行うに際し、徴収職員がその徴収処分の前提となっている課税処分の有効性について判断しなければならない旨の規定はない。そして、国税通則法三七条一項、二項が、納税者がその国税を同法所定の納期限までに完納しない場合には、税務署長は、その納期限から五〇日以内に督促状により、「その納付を督促しなければならない」と規定し、また、同法四〇条、国税徴収法四七条が、督促状を発した日から起算して一〇以内に当該国税が完納されない場合には、税務署長、国税局長等の徴収職員は、当該納税者(滞納者)の国税につき、「その財産を差し押さえなければならない」と規定していること、並びに、国税通則法一〇五条一項が、「国税に関する法律に基づく処分に対する不服申立ては、その目的となった処分の効力、処分の執行又は手続の続行を妨げない」と規定していることなどからすれば、徴収職員は、国税徴収法上の徴収処分を行うに際し、徴収処分の前提となっている処分の有効性について判断する必要はないというべきである。

右に述べたところからすれば、徴収職員は、当該処分の対象となっている滞納者に対する関係でも、国税徴収法上の徴収処分を行うに際し、徴収処分の前提となっている処分の有効性について判断する職務上の義務は負っていないというべきであり、したがって、仙台国税局長が、本件各所得税更正処分の有効性について調査せずに本件各徴収処分を行ったことが、国家賠償法上違法であるとの評価を受けるということはできないというべきである。

なお、本件各徴収処分は、原告辛を除く原告らの本件各所得税更正処分に関する異議申立て後、その決定前になされているところ、国税通則法一〇五条二項が、異議審理庁は、必要があると認めるときは、職権により、異議申立ての目的となった処分にかかる国税の全部又は一部の徴収を猶予し、若しくは滞納処分の続行を停止し、又はこれらを命ずることができる旨規定していることからすれば、課税処分が租税法規に合致しないことが何人にも明らかな場合など、当該課税処分に基づいて徴収処分を行うことが著しく正義に反するといえるような事案において、当該徴収職員が何らの方策も講じずに、漫然と徴収処分を行った場合には、当該徴収処分を行うことが国家賠償法上違法であるとの評価を受けることもあり得ると解されるが、前示のとおり、本件各所得税更正処分は、相当な根拠に基づいてなされているのであって、本件においては、仙台国税局長が原告辛を除く原告らに対し本件各徴収処分を行ったことが著しく正義に反するといえるだけの事情があったということはできない。したがって、右の意味においても、仙台国税局長が本件各徴収処分を行ったことが、国家賠償法上違法であるとの評価を受けるということはできないというべきである。

3  以上によれば、その余の点について検討するまでもなく、仙台国税局長が本件各徴収処分を行ったことについて、被告が国家賠償法に基づく損害賠償責任を負うとの原告らの主張には理由がない。

四  争点4(仙台国税局長ないし被告が本件債権差押及び本件仮差押をした上で、本件取立訴訟を提起したことについての被告の責任の有無)について

1  国家賠償法一条一項所定の「公権力の行使」とは、国又は公共団体の事務のうち、純然たる私経済活動は別として、優越的地位において行われる公務を広く意味するものと解するのが相当であるところ、仙台国税局長は、国税徴収法上の「徴収職員」として、同法六二条、六四条及び六七条に基づいて、本件債権を差し押さえ、また、法務省の関係部局に依頼して、被告に、本件仮差押をさせた上で、本件取立訴訟を提起させたのであるから、仙台国税局長の右各行為(以下「本件取立訴訟の提起等」という。)は、「国の公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行う」についてなされたものというべきである。

2  そこで、仙台国税局長が本件取立訴訟の提起等をしたことが、国家賠償法上違法との評価を受けるか否かについて判断する。

(一) まず、原告らは、本件各所得税更正処分は違法であるから、その違法性は本件取立訴訟の提起等にも承継され、仙台国税局長が本件取立訴訟の提起等をしたことも国家賠償法上違法であるとの評価を受けることになる旨主張するところ、仙台国税局長は、本件各所得税更正処分を前提として、本件取立訴訟の提起等をしたわけではないから、原告らの右主張は失当である。また、前示のとおり、国家賠償法一条一項の「違法」とは、当該公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背することをいうものと解されるのであるから、その関連する処分である本件各所得税更正処分が違法な処分であったとしても、そのことから直ちに、仙台国税局長が本件取立訴訟の提起等をしたことが国家賠償法上違法であるとの評価を受けるわけではないことは明らかである。

したがって、その余の点につき検討するまでもなく、右原告らの主張は採用できない。

(二) 次に、原告らは、仙台国税局長には、本件取立訴訟の提起等をするに当たり、本件債権の存否等について慎重な検討や再調査をすべき義務があったのに、これを怠って本件取立訴訟の提起等をしたのであるから、仙台国税局長が本件取立訴訟の提起等をしたことは、国家賠償法上違法と評価される旨主張するので、この点について検討する。

(1) 前記第二の一記載の事実及び証拠(甲三二、三三の1ないし11、三五、三六)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(ア) 原告らは、昭和六三年八月六日ころから、癸税理士及び1税理士を代理人として、国税不服審判所長に対し、別表一及び二記載のとおり、本件各所得税更正処分の取消し等を求めて審査請求をし、その審理の過程において、「所得税審査請求の理由」と題する書面(甲三三の4)及び同年一一年一八日付けの「昭和63年2月24日付更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分に係る答弁書に対する反論No.1」と題する書面等を提出して、概ね、後記<1>ないし<6>記載の主張をした。

<1> 原告らは、株式会社Aの設立者の世代が高齢となってきたため、昭和五九年ころから本件株式を譲渡しようとしていた。そして、昭和六〇年八月ころ、bを介して、aが本件株式を全部引き受けることとなり、本件株式売買が行われた。

<2> 本件不動産の当時の客観的価値は一〇億円を超えており、原告らが五億円しか代金を受領していないことからすると、本件の取引は、本件株式の売買であるというべきである。

<3> 原告らは、本件不動産売買について、全く関与しておらず、取引の相手方は最後までaだけであった。本件株式売買の手付金及び手付金を除く残金も、aから受領している。

また、癸税理士が、aと面接し、aに質問をしたところ、aは、本件の取引が本件株式の売買であること、本件不動産売買については原告らに伝えていないことを回答している。

<4> 原告甲とaは、昭和六〇年一〇月二二日、本件株式売買の仮契約を締結したのであって、本件不動産の売買の話はしていない。原告甲には、本件予約契約書及び本件第一売買契約書を作成した記憶はないが、右各契約書は、本件株式売買の手付金を受領する際に、aの要請により、原告らの解約等によるaの損失を保証するために作成されたものと思われ、aも、癸税理士の質問に対し、同趣旨の回答をしている。

<5> 原告らが、本件の取引において、aと会ったのは、本件仮契約締結のときと、本件株式売買契約締結のときの二回であり、仙台中税務署長らが主張するように、aと通謀することは不可能であった。

<6> 以上のように、原告らは、当初より、本件株式の売買として取引を行っており、仙台中税務署長らが主張するように、原告らが、法人税の支払いを免れるために、aと通謀し、本件株式売買を仮装して、本件不動産売買を行ったということはない。

(イ) そして、原告らは、右<1>ないし<6>の主張を裏付ける資料として、本件株式売買の契約書(甲三三の5)、本件不動産の不動産鑑定評価書(甲三三の6、以下「不動産鑑定評価書」という。)、「質疑応答書」と題する書面(甲三三の7)、k司法書士の供述を録取した「申述書」と題する書面(甲三三の8)、原告甲がk司法書士に対して本件仮契約に立ち会ったことの報酬を支払った際の領収書及びj司法書士の作成にかかる「お届け書」と題する書面(甲三三の9)、癸税理士の作成にかかる「申述書」と題する書面(甲三三の10)、並びに、同税理士の作成にかかる「株式会社A、株式の譲渡についての考察」と題する書面(甲三三の11)を提出した。

(ウ) 原告らの右審査請求の審理は、仙台国税不服審判書において行われたが、被告は、右審理が行われている間に、本件仮差押をした上、平成元年三月七日、本件取立訴訟を提起した。

(2) 以上の認定事実を基に、仙台国税局長が、原告らに対して負担する職務上の法的義務に違背して、本件取立訴訟の提起等をしたということができるか否かについて検討する。

(ア) 仙台国税局長が本件取立訴訟の提起等をしたのは、原告らが国税不服審判所に対し、審査請求をした後のことであり、原告らは、その審理の過程において、前記(2)(ア)<1>ないし<6>記載のような主張をし、同(イ)記載のような資料を提出しているところ、弁論の全趣旨によれば、仙台国税局長は、右各事実を知り、その資料等も検討した上で、三浦統括官らが収集した資料を検討し、特に新たな調査をすることなく、本件債権が存在すると判断して、本件取立訴訟の提起等をしたことが認められる。

(イ) ところで、本件取立訴訟の提起等は、株式会社Aに対する法人税の徴収処分の一環として行われたものであるところ、徴収職員が、滞納者の納付すべき国税を、滞納者の有する第三債務者に対する債権を取り立てることによって徴収する場合(国税徴収法六二条ないし六七条)には、当該第三債務者も利害関係を有することになるのであって、特に、本件のように、当該債権の存否について第三債務者が争っている場合には、当該第三債務者も、その徴収の手続が行われることによって、応訴の負担を負うことになるなどの影響を受けることになる。その意味では、その徴収に当たる徴収職員には、当該債権の存否について慎重に判断した上で、その徴収手続をすることが要請されるということができる。

もっとも、一方では、国民の納税義務の適正な実現を通じて国税の収入を確保する(同法一条)という要請も無視できないところであり、また、当該第三債務者が負う負担は、応訴の負担等であって、行政庁の一方的な判断によって、強制的に国税債権の実現が図られる他の徴収処分の場合と比較して、その負担が大きいということはできないともいうことができる。

したがって、右に述べたような事情を考慮すれば、本件のように、徴収職員が、滞納者の納付すべき国税を、滞納者の有する第三債務者に対する債権を取り立てることによって徴収しようとしたところ、その取立訴訟において当該債権が存在するとの証明がないとして敗訴したような場合に、当該徴収職員の行為が国家賠償法上違法であるとの評価を受けるのは、当該徴収職員が、資料を収集し、それに基づき当該債権が存在すると判断し、また、その取立てのために訴訟を提起する必要性があるとの判断をする上において、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と取立訴訟を提起するなどしたと認め得るような事情がある場合に限られるものと解するのが相当である。

そして、右事情が認められるか否かについては、当該徴収職員が収集した資料に基づいて当該債権が存在すると判断したことの合理性、当該徴収職員が別の調査方法を選択しなかったことの相当性(別の調査方法の有無、その難易、有効性等)、当該徴収職員が、国税債権の実現を図るために、当該債権を取り立てる方法を選択したことの相当性(滞納者の他の財産から国税債権の実現を図ることができるか否か及びその場合に関係者に与える影響の程度等)等の諸事情を総合的に考慮して決すべきである。

(ウ) そこで、まず、仙台国税局長が、三浦統括官らが収集した資料に基づいて、本件債権が存在すると判断したことが合理的なものであったか否かについて検討するに、前示のとおり、三浦統括官らが収集した資料は、本件債権が存在すると合理的に判断し得る程度のものであったということができるところ、原告らが審査請求の審理の過程において提出した前示の主張・資料等は、以下のとおり、三浦統括官らが収集した資料に基づいて本件債権が存在すると判断することを不合理とさせるようなものではなかったというべきであるから、仙台国税局長が、三浦統括官らが収集した資料に基づいて、本件債権が存在すると判断したことは、その判断の当時に有していた資料を前提とすれば、合理的な判断であったというべきである。

すなわち、原告らは、審査請求の審理の過程において、前記(2)(ア)<2>記載の主張をし、右主張を裏付ける資料として、本件不動産評価書を提出しているところ、本件不動産が、実際に、八億円で売却されていること及び昭和六一年一月三一日当時の株式会社Aの借入金二億〇六〇〇万円が本件不動産の売却代金の中から支払われていることからすれば、原告らが受領した本件配分金の総額が五億円であることが、本件の取引が本件不動産の売買ではなかったことの間接的な証拠となるわけではないというべきである。また、原告らは、同<1>及び<3>ないし<6>記載の主張をし、右主張を裏付ける資料として、本件不動産鑑定書を除く同(イ)記載の資料を提出しているところ、右主張の重要な部分に関して、客観的な資料(本件仮契約の契約書等)が提出されているわけではないこと、昭和六〇年一〇月二二日に本件仮契約が締結され、その契約書が作成されたとの具体的な主張は、審査請求の段階になって初めてなされた主張であること、aが、三浦統括官らの事情聴取に対し、本件仮契約が締結されたことをうかがわせる供述をしていたとはいえないことなどの事情からすれば、原告らが、右のような主張をして、その資料を提出したことによって、三浦統括官らが収集した資料の信用性が低下したということはできないというべきである。

したがって、仙台国税局長が、三浦統括官らが収集した資料に基づいて、本件債権が存在すると判断したことは、その判断の当時に有していた資料を前提とすれば、合理的な判断であったというべきである。

(エ) 次に、仙台国税局長が、原告ら等の関係者に対し、改めて事情聴取をするなどの調査をしなかったことが相当か否かについて検討するに、一般的には、関係者からの事情聴取をすることは容易な調査方法であるということができるが、本件においては、本件の取引に関係した癸税理士において関係者から事情を聴取した結果でも、先に述べたような資料しか収集できなかったのであるから、税務署の職員において、関係者の事情聴取をすることが容易であったということはできないというべきである。そして、前示のような三浦統括官らが行った税務調査の内容、及びその結果として収集された資料の内容に照らせば、先に述べたような程度の主張と資料が原告らから提出された段階で、仙台国税局長が改めて調査をしなかったことが相当でなかったとまでいうことはできないというべきである。

(オ) 次に、仙台国税局長が、原告らから本件債権を取り立てることによって、株式会社Aの法人税を徴収するとの方法を選択したことの相当性について検討するに、弁論の全趣旨によれば、本件においては、本件不動産が売却され、その売却代金を原告らが受領したことによって、株式会社Aから法人税を徴収することが不可能となったことが認められ、右事実からすれば、仙台国税局長が、右方法を選択したことは相当であったというべきである。

(カ) 以上に述べたところからすれば、本件においては、仙台国税局長が、本件債権が存在すると判断し、本件債権を取り立てることによって株式会社Aの法人税を徴収するために必要な手続として、本件債権を差し押さえ、被告に本件仮差押をさせた上で、本件取立訴訟を提起させたことについて、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と右各行為をしたと認め得るような事情があるということはできないというべきである。

3  したがって、その余の点について検討するまでもなく、仙台国税局長が本件取立訴訟の提起等をしたことについて、被告が国家賠償法に基づく損害賠償責任を負うとの原告らの主張には理由がない。

四  なお、念のために、被告が本件取立訴訟の第一審判決を不服として控訴したこと、及び、本件取立訴訟の係属中に、被告側(仙台中税務署長ら及び仙台国税局長等)が、本件各所得税更正処分について再調査、再更正を行い、本件各徴収処分を取り消す等の処置を講じるなどの対応をしなかったことについて、被告が国家賠償法上の責任を負うことがあるか否かについて検討するに、証拠(甲一二ないし二六、乙一七)及び弁論の全趣旨によれば、本件取立訴訟の審理においては、多数の人証の尋問が行われるなど慎重な証拠調べがなされたこと、本件取立訴訟で被告が敗訴した理由は、被告の提出した証拠が信用できないとして排斥されたためではなく、本件予約契約書及び本件第一売買契約書の作成経過についての原告甲、b、a及びk司法書士の供述ないし証言が、具体的で信用できるとして採用されたためであること、もっとも、本件予約契約書及び本件第一売買契約書に署名押印したのが誰であったのかという点については、右の供述ないし証言は一致していなかったこと、被告は、控訴審において、初めて本件稟議書を証拠として提出したことが認められる。

右に認定したところからすれば、本件取立訴訟の結論は、関係各証拠の評価の問題に委ねられており、必ずしも、一義的に明確なものであったとはいえないということができる。

そして、右の事情に加え、我が国が三審制度を採用していることも考慮すれば、被告が本件取立訴訟の一審判決を不服として控訴をしたことが、国家賠償法上違法であるとの評価を受けるということはできないというべきである。

また、右のように、関係証拠の評価の仕方如何によって、本件取立訴訟の帰趨が決定するような状況であったことからすれば、仙台中税務署長ら及び仙台国税局長等が、裁判所の最終的な判断がなされるのを待ってから、対応するとの姿勢をとったことも、国家賠償法上違法であるとの評価を受けるということはできないというべきである。

したがって、被告が本件取立訴訟の第一審判決を不服として控訴したこと、及び、本件取立訴訟の係属中に、被告側(仙台中税務署長ら及び仙台国税局長等)が、何らかの対応をしなかったことについて、被告が国家賠償法上の責任を負うことはない。

五  以上によれば、原告らの請求はいずれも理由がないから、棄却することとし、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成一二年五月三〇日)

(裁判長裁判官 山野井勇作 裁判官 岡崎克彦 裁判官 宮尾徹)

別表一 課税の経緯一覧表

一 株式会社株式会社A

<省略>

二 甲

<省略>

三 乙

<省略>

四 丙

<省略>

五 丁

<省略>

六 壬(相続人 戊)

<省略>

七 己

<省略>

八 庚

<省略>

九 辛

<省略>

別表二 徴収の経緯一覧表

一 株式会社株式会社A

<省略>

二 甲

<省略>

三 乙

<省略>

四 丙

<省略>

五 丁

<省略>

六 壬(相続人 戊)

<省略>

七 己

<省略>

八 庚

<省略>

物件目録

一 原告甲分

1 仙台市青葉区中央 宅地 四九・九九平方メートル

2 仙台市青葉区中央 宅地 八一・一五メートル

3 仙台市青葉区一番町 宅地 二五〇・五四平方メートル

二 原告乙分

1 仙台市青葉区広瀬町 宅地 四二・七一平方メートル

2 仙台市青葉区広瀬町 宅地 一一九・〇〇平方メートル

3 仙台市青葉区広瀬町 宅地 一三・二二平方メートル

4 仙台市青葉区広瀬町 宅地 六・六六平方メートル

5 仙台市青葉区広瀬町

家屋番号 木造瓦葺二階建居宅

一階 一一八・〇一平方メートル

二階 四五・九八平方メートル

三 原告丙分

1 仙台市太白区青山 宅地 一九六・〇二平方メートル

2 仙台市太白区青山

家屋番号 木造スレート亜鉛メッキ鋼板葺二階建居宅

一階 六五・一六平方メートル

二階 五七・六〇平方メートル

四 原告丁分

1 仙台市太白区郡山字石塚 宅地 三八九・七三平方メートル

2 仙台市太白区郡山字石塚 宅地 一六三・八四平方メートル

3 仙台市太白区郡山字石塚

家屋番号 鉄骨亜鉛メッキ鋼板葺二階建作業場・事務所

一階 二二七・六四平方メートル

二階 二四七・九四平方メートル

4 仙台市太白区西の平 宅地 二六七・四三平方メートル

5 仙台市太白区西の平 宅地 一六三・二二平方メートル

6 仙台市太白区西の平

家屋番号 木・鉄筋コンクリート造ルーフィング葺二階建居宅

一階 一七二・一四平方メートル

二階 一〇九・八六平方メートル

7 仙台市太白区恵和町 宅地 二三〇・九七

8 仙台市太白区恵和町

家屋番号 木造瓦葺二階建居宅

一階 六七・六三平方メートル

二階 二三・四九平方メートル

五 亡壬(相続人原告戊分)

1 仙台市青葉区本町 宅地 二八四・二三平方メートル

2 仙台市青葉区本町

家屋番号 鉄筋コンクリート造陸屋根五階建旅館

一階 一七九・〇〇平方メートル

二階 二四七・五九平方メートル

三階 二四七・五九平方メートル

四階 二一四・三九平方メートル

五階 五六・九〇平方メートル

3 仙台市太白区桜木町 宅地 三一八・〇一平方メートル

4 仙台市太白区桜木町

家屋番号 木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建居宅

一階 一一三・八〇平方メートル

二階 四六・一七平方メートル

5 仙台市太白区桜木町 宅地 一七・七八平方メートル

6 仙台市太白区桜木町 雑種地 三一六平方メートル

六 原告己分

1 仙台市太白区向山

建物の名称

占有部分の建物の表示

家屋番号 向山

建物の番号

鉄筋コンクリート造一階建居宅

一階部分七八・七四平方メートル

敷地権の表示

(一) 仙台市太白区向山 宅地 二三二〇・五一平方メートル

(二) 仙台市太白区向山、宅地 八七・六二平方メートル

敷地権の割合

(一) 四七〇七五八分の七八七四

(二) 四七〇七五八分の七八七四

以上の持分二分の一

七 原告庚分

1 仙台市太白区青山 宅地 一九〇・二四平方メートル

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